僕は移住する事を決め、期限を決めていました。
参考記事「「移住する日を決めちゃえば?」という人が現れた。あなたならどうする?僕は決めたよ!」 
という記事でも告知しましたが、僕は2017年の僕の誕生日11月19日までに今住んでいる栃木県佐野市から移住する事を決めています。因みに移住先に考えているのは北九州方面です。 
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今住んでいる栃木県佐野市を出て行くまであと1ヶ月を切りました。
が、移住の準備をしている、というよりは、今住んでいる佐野市での生活を楽しんでいる、という意識を僕自身強く持っているなと感じています。これからの準備をする、というよりは今出来る事を精一杯やっている感じですかね。

でも、ぜんっぜんやり尽くせない。
釣りだって、もっともっと行きたい。音楽だって、もっともっとやりたい。でも実際のところ、全くもってやり尽くせてないです。このストレスって何なんでしょう。

ほんと時間って有限なんだと痛感。
当たり前な事なのですけどね。ただ、やり尽くせていない、というストレスからなのか、「時間は有限」な事を改めて痛感しました。



痛感して思う、死ぬ時もこうなのかな、と。
佐野市から出て行く前にやりたかった事、やり尽くす事は出来ず、やり残した事ばかりです。
もっと釣りにも行きたかったし、音楽もやりたかったです。1分1秒を無駄にする様な…、とまでは言いませんが、そこまで手を抜く様な行動もしていなかったと思います。でも、やり尽くせませんでした。
ここで思いましたが、死ぬ時もこう色々やり残した事だらけで死ぬのかなぁと思いました。



でも、その事に気付けて良かった。
自分で勝手に決めた移住の期限ですが、その甲斐もあり、その「死ぬ時もこう色々やり残した事だらけで死ぬのかなぁ」という事に気付けて良かったと思っています。その気付きにより、もっと必死にならないとやり尽くせないよ、という事と、やる事を選ぶ必要がある、という事にも気付けました。
まぁ、今後その対処をしていっても結局死ぬ時はやり残した事だらけで死んで行く、んじゃないかなと予測するところはあるのですが、出来るだけそうならない抵抗したくなりました。
移住計画をする事により、人生の選択、という事まで意識が行くとは思ってもいませんでしたが、せっかく気付いたこの意識、今後の活動に役立てたいと思いました。 



スケジューリングが下手な自分を再認識。
これまでにも、僕自身がスケジューリングが下手な事はこのブログにもSNSにも投稿した事があります。ただ、また改めて強く認識した感じですね。やはり、人生は思う様にはなかなかならない、けど、行動した様にはなって行く。まさにこれです。スケジュールとは「予定」の事ですが、その「予定」を入れるというスケジューリングというのはまさに行動の1つです。スケジュールの変更をあまりしない僕の場合、スケジューリングがどれだけ重要な行動か、思い知りましたね。
とは言え、これまでのスケジューリングとやってきた事に悔いはありません。でも、僕の場合はやりたい事がたくさんある、けど全部はやり尽くせないということは充分分かった、つもりです。まぁそれも移住するという期限を決めてもがいたからこそ直面する事が出来たわけですけどね。
この移住を機にもっとスケジューリングが上手くなれる様に心掛け様と思います。前述しましたが、やりたい事を選ぶ必要があるという事、頑張ってみます。


さて、栃木県佐野市での生活もあと1ヶ月。もうちょっともがいてみましょうか。